月の記録 第8話


さきほどまで道場にいたのは間違いない。
では、次は何処に?
あの男の思考は単純だ。
中で見つかれば外に逃げたのだから、、今度はその逆だ。
つまり、アリエスの離宮に戻った可能性が高いと、ルルーシュが玄関ホールへ足を踏み入れた時、ホールの階段の前に人だかりができ、何やらざわめいていた。
誰かがスザクを捕まえてくれたのか?
・・・いや、それはないか。
ここの者たちの大半は、スザクが幼い頃から仕えている。
ルルーシュの騎士として恥ずかしくないように、いつか認めてもらえるようにと努力する姿を間近で見ていた彼らが、スザクを応援している事を知っている。そんな彼らが騎士解任の危機だと知り、時間稼ぎの為にスザクを逃がし、匿う事はあっても、捕まえてルルーシュに差し出す事はない。
では、一体この騒ぎは?
扉の前で躊躇していると、警備兵がルルーシュに気付き、慌てて駆け寄ると敬礼した。そのため、ホールにいた者たちはルルーシュがいることに気づいてしまった。
余計な事をと内心思ったが、表情に出す事はなかった。
ルルーシュが歩みを進めると人垣となっていた従者は恭しく礼をしながら道を開けた。騒ぎの中心には、アリエスの執事と警備兵に囲まれた少女が一人立っていた。
清楚で可憐なドレスを身に纏った、穏やかで美しい少女だった。

「こんにちは、ルルーシュ」

にっこり笑顔挨拶をしたのは、異母妹のユーフェミアだった。
あまりにも自然にあいさつをする異母妹にルルーシュは眉を寄せた。
ルルーシュは政務の合間を縫ってアリエスに戻り、スザクを探していたため、本来であれば今日この時間にアリエスにいないはずだった。そして今日は朝からマリアンヌとナナリーは公務で不在だと知っていたはずだ。
つまり、彼女の目的は皇族三人ではない。
主不在の離宮に来るなど本来あってはならない事だ。
それを理解していないのか、ユーフェミアは穏やかで優しい笑顔を向けてきた。
他の皇族がルルーシュに向ける事のない、慈愛に満ちた笑みだった。
彼女は誰に対しても優しい。出自や身分など気にせず、悪い噂の絶えないルルーシュにも分け隔てなく接してくれていたが、アリエスに足を踏み入れる事はなかった。
ルルーシュがいる以上、ここに来ればユーフェミアに何があるか解らない。大切な皇女の、皇子の身を守るため、アリエスに他の皇族が訪れる事はなかったのだ。
それなのに、ユーフェミアはやってきた。
・・・これがどれほど拙い事なのか、彼女は解っていない。
いや、それ以上に問題なのは連れてきた従者だ。
ユーフェミアの従者は、ダールトン将軍とグラストンナイツ。ユーフェミアの正規の護衛ではない。彼らは人数こそ少ないが、いざとなれば彼女を守れるだけの力は十分あるが、問題なのはコーネリアに従う軍属の人間だという事だ。コーネリアならいざ知らず、ユーフェミアが護衛として連れてくるべき者たちではない。
これは明らかに、ヴィ家に喧嘩を売る行為だった。
ダールトンの方は解っているのだろう、恐らくその息子たちも。
そして、アリエスのものたちも。
緊迫した空気が流れるエントランスホールで、ユーフェミアだけがその場の空気に気づかず、穏やかに笑っている様は異様だが、これもまた彼女の良さなのだろう。
思考を切り替え、ルルーシュは歩みを進めた。

「ユーフェミア、一体何の用だ」

敵意をむき出しにした物言いに、ユーフェミアは悲しげに顔を曇らせた。

「ごめんなさい、ルルーシュ。忙しいとは解っていたのだけど、どうしても・・・」
「枢木に会いに来たのか?」

ユーフェミアの言葉を遮るようにルルーシュは言った。

「え、ええ。・・・ルルーシュ、スザクを解放してください」

一瞬の戸惑いと後ろめたさが混じった肯定。
だが、その後ルルーシュを見つめたユーフェミアには迷いなど無く、強い意志を秘めた眼差しを向けてきた。その眼差しに、ルルーシュはますます眉を寄せた。
ここが客間で、ルルーシュとユーフェミア二人きりの時の会話ならまだいい。だが、今ここにはアリエスの従者と、ダールトン達がいる。これだけ多くの者を前にして、異母兄であるルルーシュの騎士を解放せよという発言はただけない。
これは、相手に喧嘩を売る行為だと気づいているのだろうか。いや、『素晴らしい才能を持っているのに、その能力を認めようとしない主に抑え込められた、スザクを救い出し、自分の騎士にして明るい未来を与えること』しか頭にないのだろう。
その行為が相手の、ルルーシュの怒りを買う事など考えていない。
俺はいらないから、お前が欲しいならあげるよ。となると思っているのだ。
ざわざわとした不穏な空気に気付いたのだろう、他の従者たちもこの場へ集まってきており、その中にようやく探し人の姿を見つけた。
普段であれば、これを侮辱として受け取り「ユーフェミア、私は確かにお前より皇位継承権が低いが、それでも兄であることには変わりはない。その私の騎士をその権力を利用して奪うつもりか?」と受けるところだが、この好機を逃すほど馬鹿では無い。

「枢木スザク、前へ」

ルルーシュは、視線をユーフェミアから逸らすことなく命じた。一瞬辺りはざわめき、使用人たちの視線が一ヶ所に集まる。その先には声をかけられた人物が立っており、こうなったら腹をくくるしかないと、意を決した顔で前へ進み出た。

「イエス、ユアハイネス」

しんと静まり返ったその場所に、スザクの声が響く。
スザクはルルーシュの傍まで歩み出ると、騎士の礼を取った。
洗練された美しい動きは、ユーフェミア達の目を釘付けにした。
その能力も、立ち振る舞いも、まさに理想の騎士。
これほどの人材、そうはいない。
惜しむべきはその出自。
極東の島国・日本の由緒正しき血筋であったとしても、選民意識の高いブリタニア人にとっては、ブリタニアの血が流れていないだけで差別の対象だった。本来であれば、どれほど優秀であっても、ブリタニアではその力は認められることは無いはずだった。
だが、枢木スザクは優秀すぎた。
学業など、頭を使う事に関してはいささか難があるようだが、身体能力に関しては稀代の天才と称していいだろう。心身ともに鍛え抜かれたその才覚は、いくら表に出て来なくても隠しきれるものではない。それほどの者を押さえつけているのが無能な皇子となれば、多くの皇族がスザクへ好奇の目を向け、値踏みをするのも自然の流れで、その結果スザクの評価は上がり続けた。
あの夜会でスザクに食ってかかっていたギネヴィアだが、実際は見た目もよく能力も優れたスザクを自分の元に欲しいという思いを抱いていた。あのルルーシュにこれほどの人材がいて、しかも不要だと言い捨て無碍に扱っている。自分の所にはスザクに勝る者はいない。あのルルーシュが不要と言う者が、自分には手に入らない。その歪んだ思いが、あのような行動を呼んだのだ。
ユーフェミアが自分の騎士になれと宣言したあの夜。
皇族が皇族のものを奪うと宣言したあの日。
皇位継承権争いの火種となる禁忌を犯したあの時。
そんな暴挙が可能なら、とっくに自分の自分のモノにしていると、何人の皇族が思ったか。・・・だが、そんな周りの動きなど、この騎士と皇女は気づいていない。
主に、所詮偽りの騎士、役立つはずもないと罵られても、主に認められる日を夢見て鍛錬を続けた結果がこの事態を招いたのだと、本人は気づいていないだろう。

「客間で待機を命じる」
「イエス・ユアハイネス」

こうして逃げ続けていた騎士は主に捕まった。

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